あらおの、あらおによる、あらおのためのブログ

このブログは、あなたのためでもなければ、お世話になった恩師のためでもなく、はたまた両親のためでもない、ただの自己満足となっております。

結果が全てじゃない。と思うしかなかった話。

 

 

 

みなさんこんにちは、あらおです。

 

今回もヒッチハイクのときの話になります。

 

ヒッチハイク中って、どちゃクソとても多くの人にお世話になるんですよ。

 

人様の優しさだけで移動し、時にはご飯をごちそうになり、時には宿を提供してもらい、時には遠くまで送ってくれ、時にはなぜかお金までくれる。

 

当時、日本で一番人にお世話になっているんじゃないかと思っていたくらいです。

 

それだけ人に優しくしてもらえると、やさしくなりたいと思うのは斉藤和義だけではないはずです。

 

その当時、広島の安佐南区で土砂災害があり、大きな被害を受けていました。

 

そこで、時間の都合上1日しかできないが、少しでも力になれればとボランティアにために安佐南区を目指していました。

 

ボランティアに行きたいとの旨をヒッチハイクで乗せてくれた人に話したら、その人がとても感動し、たまにはホテルに泊まりなよと言って、なぜかポケットにお金を入れられ、近くにあったホテルの前で降ろしてもらうという逆に戸惑いを隠せないような親切をしていただきました。

 

その金額が1万円だったことにもかなり衝撃を受けましたが、そのホテルがラブホテルだったことにはもっと衝撃を受けました。

 

その日は結局野宿して翌日ボランティアにいきました。

 

正直、土砂災害の被害なんてそこまで大きなものじゃないだろうと思っていた部分がありましたが、車が潰れていたり、アパートの1階なんかはほぼ壊滅していました。

 

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基本的には、重機が土砂を取り除いていき、重機が入れない狭い場所を手作業で行っていくという感じでした。

 

私はもちろん手作業担当なので、指示された場所で精一杯働く。

 

話が重くなりすぎてもあれなので間に挟むが、西日本では小型のものをスコップ、大型のものをシャベルというのに対し、東日本は逆らしい。

 

そんな感じで約3時間。

 

無心で、ほぼ休まず作業し続けました。

 

すると、だんだん土砂がなくなり綺麗になっていった。

 

もう1時間くらいでこの部分は終わるんじゃないか。

 

そう思っていると、「重機入るで道開けてください」

 

という声が聞こえてきた。

 

おいおい、何を言っているんだ。重機が入れない場所だから、手作業でやっているんじゃないか。

 

まさか、、、

 

いやそんなわけない。

 

えええええええええええ

 

というのが私のその時の感情であるが、普通に重機が入っていき、手作業1時間分を一瞬で終わらすという。

 

その時といえば、鬼ごっこで必死になってタッチしたのにすぐ鬼になる時の気持ちより絶望的で、夏休みのように一瞬でした。

 

以上、結果が全てじゃない。そう思うしかなかった話でした。

 

 See you...